地元でカメラマンとして認められるまで...
・50歳になる頃から友人や地域の方から撮影をお仕事として依頼されるようになりました。
機械部品製造業を経営時代は副業として細々と撮影をしていました。
許可を得られたものから掲載していきたいと思っていますので...時々ご覧ください。
なんとなく足跡🐾
- 中学でモノクロフイルムとプリントを習得
- 高校卒業と同時に知り合いや親戚から結婚式の撮影を頼まれる(数知れず)
- 個人では毎週末に鎌倉や横浜を撮影に歩く
- 自転車レースを始めチームの中心になる。レースの撮影機会が増える
- 結婚前後から妻のポートレート撮影を始める
- トライアスロンを始め撮影もする。県選手権32年連続出場で表彰
- 川崎市トライアスロン協会の立ち上げメンバーのちに理事(広報委員長)となる
- 神奈川県トライアスロン連合公認カメラマンとして活動
- 2019年YOKOHAMA世界選手権の🇯🇵Japanカメラマンチームの一員として参加
- 神奈川県・川崎市トライアスロン役職を6年で辞任
- 今も県ページには写真が残っている
- 地元川崎大師では『サンバカーニバル』公式カメラマン10年活動(ポスター等用)
- 川崎大師界隈では有償・無償等で多くのお手伝いをしてきた
更新中...
20歳になる頃から知人の結婚式撮影を頼まれ始めたのが依頼の撮影の始まりです。 2~30組以上のカップルの撮影をした経験がイベント撮影とポートレート撮影の基礎になりました。その後デジカメの時代になった頃はちょうど仲間もイベントを仕切るようないい歳になり撮影を頼まれれることが増えてきました。 みんな大人なので報酬がいただけることが増えました。
代表的なのが川崎大師周辺の企業やイベントでした。
サンバカーニバルのオフィシャルを10年やったので地域の方はわたしのポスター見ていただいているはずです。
と言うことでブログ記事探してみました。
画像データは今も残っているのですがブログは少ないです。初期のものはLINE等でやり取りしていたので。(当時のYouTubeを検索すると僕らが撮影してる様子が見れたけど今もあるかな?)
画像データは今も残っているのですがブログは少ないです。初期のものはLINE等でやり取りしていたので。(当時のYouTubeを検索すると僕らが撮影してる様子が見れたけど今もあるかな?)
サンバチーム大音量なのでご注意ください。
sekine97-metalya.blogspot.com
3回目の撮影のようです。2009年から10年間にわたって川崎大師サンバカーニバルのオフィシャルとしてポスター用の撮影をさせていただきました。